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Q:もともと編集者だった橋本さんがカフェをはじめたきっかけを教えてください。
A:99年の春『バウンス』の編集長を退いたタイミングで、ライフスタイル提案型の雑貨とカフェのお店の依頼でフリーペーパーを制作する機会があり、パリカフェの文化を探るため現地を訪れることになりました。
慌ただしい時間を日本で過ごしていたので、こんな風にゆったりとした時間を過ごせるカフェが東京にもあったらいいなぁと。その年の夏、代々木公園を散歩しながら「それなら自分でカフェをやろう!」と思い立ちました。
渋谷は世界一レコードショップが多く影響力もある街なのに、音楽を聴きながらくつろげる場所がなかった。仕事をし生活するこの街に、自分と同じような価値観をもった大人が居心地のよいサロン的なカフェをオープンしようと思いました。
2014年春、ファイヤー通りに移転した
新しいお店は、午後の光が心地よい空間
スタートして2~3か月は自分の周りや関係者だけが集まっていたのが、2000年の春ごろから耳の早いライターや編集者たちが訪れてくれるようになり、ファッション誌などの取材を受ける機会に恵まれました。 同じようなカフェが当時なかったこともあり、あっという間に話題になりました。
自分にとってカフェを作るのは選曲や編集作業と近い感覚でした。空間や時間を“演出する“というのがとても大切で、“自宅のリビングに友達を招くようなリラックスした時間を提供したい”といった思いを個人の感覚で組み合わせていくことで、店は”個性“となったのだと思います。
混雑していなければ、聴きたいCDを試聴することも
できる
Q:渋谷ならではのカフェとは?
A:パリのカフェに代表されるオープンエアなどの空間は、そもそもその環境が恵まれていますよね。景色もふくめその場所にいるだけで気持ちがいい。
同じことを渋谷でやろうとしてもなかなか難しいので、だったらビルの1室でもそこを一つの空間としてとらえ 演出していけばいいかなぁと。先にもあげた“自宅のリビングに友達を招くような”というコンセプトで 自分らしい空間を演出することで共感者が生まれるかなと考えました。
Q:カフェのBGMとしてのセレクトのポイントは?
A:カフェを始める前は【Free Soul】などでも取り上げているクラブDJの際に盛り上がったり気分があがる音楽をメインにセレクトすることも多かったのですが、リラックスしていただくカフェならではのセレクトとして ボサノバやジャズやフレンチなどの、ここちよく幸せを感じられる音楽を中心に集めていきました。
ビートやグルーブ以上に曲のもっている雰囲気、過ごしている季節や時間などをも感じられる音楽が カフェという空間でゆっくり過ごしてもらうのにはふさわしいなと。
一番上ブルーのジャケットが
「Cafe Apres-midi」シリーズ第一弾
「Cafe Apres-midi」のコンピレーションCDではクラッシックを取り上げたシリーズも人気でした。クラッシックの中でも抑揚の激しい楽曲よりも、フランスの印象派のピアノ曲を集めてセレクトしたり。“ナチュラル”“せつなさ”“メランコリック”などがキーワードでしょうか?
その時代の空気感に馴染むというのも大切なことだと思っています。たとえば日本中が悲しみに暮れた震災の後は、少しでも悲しみを癒す音楽をと意識してセレクトしました。
音楽には人の気持ちを左右する力がある。カフェは過ごす空間と音楽がフランス語で表現される“マリアージュ(2つの要素が絶妙に調和して1つになる)”することでここちよい時間が生まれるのだと思います。
クラッシックのシリーズはいかにもパリらしい
“らせん階段”がシリーズのアイコンに
Q:『ビアズリー』SHOPのBGMはどのように選んでいるのですか?
A:年8回くらいお願いされていますが『ビアズリー』のBGMは他の選曲に比べ毎回難易度高いです! テーマが面白くて今回も“蚤の市”って…。もちろんその分やりがいもありますが(笑)。
クラッシックやオペラの歌曲をかけるアパレルショップはなかなか少ないのですが“パンチュール(絵画)“が テーマの時はあえてそれを指定いただいたり、“ミッドナイトサーカス“の時はジンガロを彷彿とさせる音楽をリクエストされたりと「店頭の音楽までこだわってお客様と一緒にテーマを思いっきり楽しみたい」というブランドのこだわりを受けて、パリの情景を想い描きながら選曲させてもらっています。
今回の“蚤の市”だったらアコーディオンの音とかバイオリンの音とかフレンチノスタルジックなイメージを踏まえてセレクトしました。
古いフランス映画や50~60年代にパリに留学されていた方のエッセイなどを読んだりするのも好きです。もちろん自分が実際に見たパリもイメージします。セーヌ河のほとりで売っている古本のお店や甘くない焼き栗など パリの街並みやそこで過ごした時間などを思い出しながらテーマとリンクさせていきます。
Q:ご自身でも蚤の市でレコードや骨董品などを探すことはありますか?またその楽しみ方は?
A:それこそ初めてパリを訪れた90年代頭、クリニャンクールの蚤の市ではレコードを買い漁りました。今でこそ骨董品などを見ることもありますが、当時はとにかくレコード探し!
沢山のお店がある蚤の市で、いかに自分好みのレコードに出会えるかは、何度か足を運ぶことで選択眼を 養うことができました。時間も限られているし、その時コレ!と思ったらすぐに手に入れないと後戻りができません。
よく蚤の市のことをアンティークの“おもちゃ箱”などと表現しますが、まさにその通りだと思います。沢山のモノの中から自分好みを探すのもそうだし、他人にはどうでもいいモノが自分にとっては宝物になったり。
蚤の市の楽しさは音楽をセレクトする感覚にも似ている気がします。 誰も気づいていないものを探し出して、自分の世界観でその曲を活かしていくのが楽しみという共通点でしょうか。
Q:仕事の時必ず持っていくものや大切にしていることがあれば教えてください。
A:ものではなく行動になりますが、選曲の前に一杯のコーヒーやお茶を飲みながら目をつぶって自分自身をリセットします。
目をつぶりながらその選曲にとって大切なシーンや場所・人などを思い描くことで気持ちを整えます。 大切な思い出や夢想と共にこのひとときを過ごすことで、選曲のイメージが湧きあがります。
カフェのカウンターにある『kalita』のコーヒーミル
Q:最後に仕事や日常でこだわっていることを教えてください。
A:今は便利な世の中で“○○みたいな音“などとオーダーされたキーワードに合わせて簡単に検索できるんでしょうが、そういったものには頼らずに自分の好きな曲を選んでいますね。
セレクトした音楽が流れる光景をイメージして具体的に特定の誰かに捧げる気持ちでセレクトしています。そうすると選曲の際に迷う気持ちが晴れていく気がします。
特定の誰かのためにプレゼントを選ぶ感覚というか…。 今流行っているからとかではなくて“この人だったらきっとこれが好きだろうなぁ“と相手の笑顔を思い描きながら 選んだプレゼントには特別な価値があるのではないでしょうか。
そんな風に選んでいるから、自分の選曲が好きだと言ってもらえるのはとても嬉しいです。
カフェで人気のスィーツ
アイスクリームのコンポート添え
大学卒業後、出版社に就職。編集に就く一方で、90年末に『サバービア・スイート』というレコード紹介のフリーペーパーを創刊。93年に独立し、CDのプロデュースなどに加え、96年から3年間、タワーレコードのフリーマガジン『バウンス』の編集長を務める。99年、「カフェ・アプレミディ」をオープン、さらに02年にはダイニングサロン「アプレミディ・グラン・クリュ」、複合型セレクトショップ「アプレミディ・セレソン」を開いた。現在は、その経営の傍ら、コンピCD/USEN/FM等の選曲やDJ・執筆活動などに携わる。